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■ 5日目からはLas VegasのMagic
Internationalです。Las Vegas出身の3匹のクマ(Deal、August West、Pearly
Baker)をお供にSan Jose空港からLas Vegasに向かいます。
さすが砂漠の町Las Vegas、Bayareaよりトッテモ暑いです…空港からタクシーに乗りMagic会場に向かいます。タクシーの運ちゃんの話しによるとDealの出生地であるAladdin
TheatreがあったAladdin Hotelが数日前(2000年8月時点)に新装開店したとの事。 Magic会場に着いて入場手続きを済ましていざ会場内へ、前回と同じ位置にブースを構えるLiquid
Blueへ行きLiquid Blue Staffの皆さんと半年ぶりのご対面。電話ではほとんど毎日話しているが西と東に離れているCueとLB
Staffが面と向かってジョークを言えるのは1年に二回のMagicのみ、“本社に遊びに来い”っと誘われてはいるが…
社長!出張費出しテェ〜ナ!
New 12” Bearの存在はMagicに行く前に知ってはいたが実際に現物を見るとあまりの可愛さにチョ〜ビックリしてしまった。そしてNew
12”の試作を作った際に同じ素材でBean Bearを作ってしまえばどーかな〜?と軽いのりでサンプルが出来てしまったDevotionこれには度肝を抜かれました。あまりのサンプルの出来の良さでそのまま限定Bearになってしまったとの事。何が起こるか分からないLiquid
Blueです。
彼等にAugust West とPearly Bakerの出生地であるSam Boyd Silver Bowlは何処か尋ねるとちょっと離れた砂漠の真中だと説明されたので行く事を断念して、Deal、August
West、Pearly Bakerは私達が泊まったHotelのカジノで記念写真… 翌日のミーティングの約束とLiquid
Blue Partyの話しをした後、私達はHotelに向かいました。

LiquidBlue社長 Paul氏
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■LasVegasのショーのあとは毎回パーティを開くリキッドブルー。そして毎回、社長Paulのバンド「The NEW Prophets」の演奏でハジケます。Deadのコピーからスタンダードなロック、ブルースまでノリノリのパフォ〜マンスにびっくり!ヘロヘロになってパーティ会場を出ようとするとリキッドブルーのStaffが「ちょっと紹介するよ」といってある人を紹介してくれました。彼の名はKidd(皆ケッドと呼んでた)といい、Deadのローディをしていたそうです。大きなお腹、鋭い眼光の迫力にビビリましたが、Staffの気持ちのいい紹介で、「彼らはがDeadとBearの事を調べ日本のカストマーに紹介しながらGDMの商品をWebで売っているんだ」と言ったら「おおそうか!んじゃこれでもどう?」と、おもむろに差し出したもの(?)を丁寧に断り、酩酊状態でホテルに戻りました。
■アメリカ取材最終日の朝早く、私達はLas
VegasからSan Joseに向かいました。昨夜のLiquid Blue Partyの楽しいひとときも夢の様に思えるほどの寝ぼけた状態でLas
Vegas空港に行き気がついたらSan Joseに着いていました。
(左)Moscone
Convention Center...... 2000年1月5日、ここはAppleのスティーブジョブス氏がNeXTからのカムバック後、奇跡の業績発表をしたところでもある
■本日の予定はBerkeley、Oakland方面。先ず最初にSan
FranciscoのMoscone Convention Centerです。Moscone Convention CenterはSan
Francisco一番のビジネスエキシビジョン用建築物として1976年に計画され、南舘が1981年の12月に$126ミリオンをかけてオープンその後1992年に北舘がオープンしました。Grateful
Deadは南舘オープン半年後の1982年5月28日にここでコンサートを開きました。私達が訪れた時も何かのコンベンションが開かれており道が大変渋滞しておりました。
(左)ふと歩道を見るとStar
Trek New Generationに出てくるKlingonsがいるではないか…(笑)>Moscone
Convention Centerの前で何かのフライヤーを配っていました
■San
Franciscoを後にしてBay Bridgeを渡るともうそこはOakland。Highway80を北に10分ほど行くとUniversity
Ave Exitが出てくるのでそこで下りて真っ直ぐ進んで行くとU.C. Berkeleyに突き当ります。U.C. Berkeley
Campus内にあるGreek Theatreに行く前にBerkeley Community Theatreに立ち寄りました。
Berkeley Community TheatreでのDeadのコンサートの歴史は長く、古くは1972年8月22日から始まり1994年8月24日まで続きます。チョット分かりずらい所にありますがコンサートがある日はここに向かって人々がゾロゾロ歩いています。
私CueもBerkeley Community Theatreに何度が足を運んでコンサートを見ています。最近では5月24日にThe
Smashing Pumpkinsをここで見ました。古いタイプの劇場で2階席になっています。2年前にLenny Kravitzをここで見た時は1階席の中央通路側に座っていてLennyが客席まで出てきたので握手をしてもらった思い出があります。
University Aveに戻り私達はGreek Theatreに向かいました

(右)Greek
Theatre
■U.C. Berkeley Campus横の道に車を止め坂道をテクテクと歩いて進みます。私達が行った時はもう学校が始まっていたのかBerkeleyの若い学生が沢山いました。その中に混じって怪しい日本人が2人Greek
Theatreに向かっている(笑) Greek TheatreはU.C. Berkeley Campus内の高台に1903年に作られてた石作りの円形劇場で約8,400席もうける事が出来ます。ユーカリノキに囲まれたGreek
TheatreでのDeadのコンサートはFrost Amphitheatreと並びFamily Showsと呼ばれ、昔ながらのDeadheadsに愛されていましたが、Deadの人気にともないここでのコンサートチケット購入がしだいに難しくなっていきました。
■Deadはチケットを買えなかったファンの為にスピーカーを近くの広場まで引いた等と言うエピソードもあります。彼らはここで1981年から1989年まで毎年3日連続(金、土、日曜日)でサマーコンサートをここで開いておりました。ちょっと変わった事に3日間のコンサートは1日ごとに時間をずらして公開されていました。金曜のコンサートは日が沈むんだ後の薄暗くなった頃から始まり、土曜のコンサートは日が沈む前のまだ明るいうちから始まりセカンドセットが始まる頃には夜になっている、日曜のコンサートは昼間のとっても明るいうちから始まるといったかんじです
■Greek
Theatreを後にして私達はHighway80を南に向かいます。15分ぐらいするとHighwayの左にOakland
ColiseumとArenaが見えてきます。 現在Oakland ColiseumはOakland Athletics
(MLB)とOakland Raiders (NFL)のホームグラウンドであり1966年にオープンしました。ちなみに最初にA’sがここでゲームをしたのが1968年4月17日です。Oakland
Coliseumで行われるコンサートはやはりメガコンサート級です。私Cueは数年前にここでU2とRolling Stonesを見ています。観客数も他のVenuesに比べてとっても多いですが、やはりセットにも大分お金がかかっている所がこういったコンサート会場でのコンサートを見る楽しみの1つでないでしょうか。
■Deadはここで1976年に2回と、1987年と1989年に1回づつコンサートを開いております。
そして、Coliseumのよこに見えるのがGolden State Warriors(NBA)のホームコートのあるOakland
Areaです。85年以降からDeadのニューイヤーズコンサート場と活躍してきたOakland Areaですが、現在も色々のArtistがここでコンサートを開いております。私Cueは今年の初めにOakland
AreaでKornをみました。今月はAC/DCのコンサートがここで開かれます。 以上で今回のBayarea取材を終わりにしますが、この他にもBayareaにはDeadが演奏したVenuesがまだ色々あります。BayareaのミュージックシーンはBill
Graham氏と共にGrateful Deadが築いてきたと言っても過言ではないでしょう
TEXT : CUE
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