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Topics :時事ネタです。その時々のおもしろい話題を、ベアー、GratefulDeadと様々な視点からチョイスします
Sales promotion Goods :ビーンベアーのマニファクチャー「Liquid Blue」の販売促進グッズを紹介しています
Dead Heads :ビーンベアーを生んだルーツ、伝説のロックバンド「Grateful Dead」のファン達のあれこれ
Liquid Blue Bear :リキッドブルー社の社員用に160体しか配布されなかったUltimate Bearの紹介
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FOM Magagine
バックナンバー
1. ダンシングベアー
2. 2つのバーサ
3. キャシディとラルフ
4. バックステージパス
5. 特集T.O.O Part1
6. 特集T.O.O Part2
7. Strange Trip in BayAREA 1
8. Strange Trip in BayAREA 2
9. Strange Trip in BayAREA 3
10 特集Devotion The inside Story
11. 14インチ生産中止
12. シリーズA Cubs
13. ペアなベアー達
14. 特集True Story of CASY JONES
15. デュプリーとイーソウ
16. 限定マーディグラ
17. 2001年夏/Las Vegas
18. ジョナサンインタビュー
19. ラッキー&フリーダム
20. テラピンストーリー
21. High Sierra Msc,Fes02
   


 

 

★2000年8/24よりアメリカ・サンフランシスコのBayAreaを中心に、ビーンベアーのツアーメモリーに書かれた主要なショー会場と、ゆかりの場所をたずねた紀行「ストレンジトリップ in ベイエリア」を3回シリーズでお届けします

■8/24早朝、定刻より30分遅れてNorthWest028便はサンフランシスコ空港に着陸しました。いつもバゲージをひとつしか持たない僕は速攻でイミグレを通過、CUEの待つロビーへと急ぎます。予定がギッシリ詰まったいつもの渡米は休む間もなく体がエレベーターに向かい、いつもそこで暮らしているようにパーキングを出ます(なんつって)。    

我々が最初に目指したショー会場は、SF空港からハイウェイ101を北に10分程行ったDaly Cityに位置するFather Timeの誕生の地であるCow Palaceです。Cow Palace(雄牛の宮殿)は名前が示すように本来は家畜展覧会場(!)として設計され、1941年にオープンしました。もちろん最初におこなわれたイベントはホルスタイン展覧会です。スポーツイベントからサーカスまで、Cueはアメリカに最初に来た年にCow Palaceでリングリングブラザーズサーカスを見ています(笑)…彼はコンサートやプロレスなどでも数回Cow Palaceに足を運んでいます。好きなんです。アメリカでの暮らしにはプロレス鑑賞が最高だ!過去ここでは色々なコンサートが開かれていますがその中でも1976年12月31日に行われたDeadのショウは忘れられないイベントの一つになっていますファーザータイムのツアーメモリー(特集ビルグラハム参照)

             
                                              
■カウパレスを望む丘に来て写真を撮っていると、近くにいた不動産屋さんみたいなおじさん達が「けったいなJapaneseやなあ」みたいな顔をして見ていました。(カウパレスはファザータイムのホーム)

 

■Cow Palace(カウパレス)を後にして我々一行(といっても2人)はSan Francisco市内に向かって行きます。San Franciscoを西東に走っているMarket St沿いには、Deadが演奏したベニューが現在も2つ残っております。以前はDoodah Man誕生地のFillmore WestがMarket StとVan Nessにあったが現在は見る影も無い。

Van NessからMarket Stを東に向かうと最初に向かって左にOrpheum Theatreが目に付きます。歴史的外観を残す劇場は1927年から数々のアメリカンショウビジネスの歴史を見てきました。商業的に紆余曲折ありましたがDeadはこの劇場では1976年7月12日から18日まで連夜でコンサートを開きました。

左)Orpheum Theatre

■Orpheum Theatreを後にしてMarket Stを東に数ブロック進むとWarfield Theatreがやはり左側に見えます。Warfeild Theatreも20年代頃からの古い姿を残しBay Areaの古いコンサートホールの一つとして今もなお営業しております。

現在WarfeildはFillmoreやShorelineと同じようにBill Graham Presentの運営により数々のバンドが日夜コンサートを開いております。(写真下
Warfeild Theatre)見ると私の好きなGEORGE CLINTONとパーラメントのクレジット

■機内食のスケジュールのせいか、おなかは全然空きません。お昼に近い時刻でしたがこのまま一気に行こうと決めました。Warfeild Theatreを後にした私達はBill Graham Civicに寄りその後Alligator(アリゲーター)出生地のAvalon Ballroom跡地へ足を運びました。Avalon BallroomはVan Ness とSutter Streetにあった小さな華麗な造りのダンスホールで現在は映画舘に建て直されています(写真右)。

Deadは66年の春から69年まで約30回そこでショウをしました。 The AvalonはFillmoreと比べるとあまり商業的に成功をおさめたとは言えませんでしたが、The Avalonに訪れるヒッピー達には深く愛されていたようです。69年に地域の住民による騒音の苦情によりAvalonは歴史の幕を閉じたのです。Van NessからOfarrell Stに入って数ブロック行くと右側にCrazy Fingerの出生地であるGreat America Music Hallが今もなお昔の精悍な姿を残したままの赤い造りで建っております。

Great America Music HallはSF市内でもっとも古く壮麗なナイトクラブで1907年にBlanco'sの名でオープンしました。品質の良い料理を出すレストラン、カジノ場として1933年頃の大恐慌までオープンしていましたが、1936年にThe Music Boxの名前のダンスホールに変わりました。ジャズクラブとして1948年にBlanco’sの名前で再びオープンして、今の名前のGreat America Music Hallに変わったのは1972年の頃です。それから約30年間素晴らしいコンサートやコメーディーがここGreat America Music Hallで繰広げられました。その中に1975年8月13日のDeadのショウ(ツアーメモリー)が含まれていることは言うまでありません


Great America Music Hall(下:クレイジーフィンガーとの写真)を後にしてThe Fillmoreへと向かいます。The FillmoreはCosmic Charlieの出生地であり、カベにはそこで行われた数々のコンサートの写真が飾ってあります。






(上:アヴァロンボールルームとアリゲーター)

Deadの歴史にとってThe Fillmoreはなくてはならない存在です。
フィルモアからあまり離れていない所にバーサの出生地であるWinterland Arenaがあったが、今は取り壊わされコンドミディアムに変わっていました。デッドはウインターランドアリーナで数々の素晴らしいショウを披露しています。その素晴らしい演奏はDick’s Picks: Volume 10で堪能する事ができます。


■The Fillmoreを後にした私達が次に目指した所はGolden Gate Bridgeを渡った所にある通称DeadSetの丘(DeadのアルバムDeadSetの表に描かれているSFが一望出来る丘です。)Golden Gate Bridgeに近づいていくとそこはSF名物の霧で辺りが真っ白になっていて橋の形も全然見えない状況だったのでDeadSetの丘はとりあえずあきらめHaight&Ashburyに足を運びました。

Haight&AshburyのコーナーにあるBen&JerryでCherry Garciaを堪能した後もう一度Golden Gate Bridgeに戻ると先程の霧がウソのように晴れていて、Golden Gate Bridgeを渡りDeadSetの丘に向かって登って行くとDeadSetの丘から素晴らしいSFの町が眼下に広がります。そこでオリジナルDeadSetを作り、私達は一日目の取材を終了してSanta Cruzへの帰途につきました。

いかがですか?スカルの位置がフンイキ出ているでしょう。ここでもツーリストに「けったいなJapaneseやなあ」という顔をされました(笑)

Ashbury710にあるGratefulDeadのメンバーが一時期暮らしていたHouse。坂に面していて、下っていくとメインストリートに出る。角のBen&Jerryでアイスを頼んでいたら「あ、この人In'n'out(インアンドアウト。CAで有名なバーガーショップ)の人だ〜」と言われました(トホホ)。僕はその時インアンドアウトのTシャツを着ていたのであった.....

 

 

PART2に続く......

 



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