FOM Magagine
バックナンバー
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2. 2つのバーサ
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4. バックステージパス
5. 特集T.O.O Part1
6. 特集T.O.O Part2
7. Strange Trip in BayAREA 1
8. Strange Trip in BayAREA 2
9. Strange Trip in BayAREA 3
10 特集Devotion The inside Story
11. 14インチ生産中止
12. シリーズA Cubs
13. ペアなベアー達
14. 特集True Story of CASY JONES
15. デュプリーとイーソウ
16. 限定マーディグラ
17. 2001年夏/Las Vegas
18. ジョナサンインタビュー
19. ラッキー&フリーダム
20. テラピンストーリー
21. High Sierra Msc,Fes02
   

Photograph.....
Grateful Graphics社内でのジョナサン氏

 

 

特集 :Grateful Graphics社代表  Jonathan Marks氏 インタビュー 

San Rafael
 
ダンシングベアー関連の商品は、ビーンベアーに代表されるぬいぐるみ他コレクタブルなものに偏りがちですが、その成り立ちはグレイトフルデッドの音楽活動にシンパするデッドヘッズたちのヴェンディング(露店商〕にルーツがあります。
今回の特集はサンフランシスコBayAREAの外れ、サンラフェイルにある「Grateful Graphics」の代表、ジョナサンのインタビューです。近くにはスターウオーズ制作で有名なルーカスフィルム、またAppleのスティーブジョブスの私的フィルム会社「ピクサー」(Toyストーリー)があったところで知られています(現在はバークレー)。GDMもありますね

Grateful Graphics社であつかうダンシングベアーのアイテムは主にTシャツ(タイダイTやスウエットも含む)、ステッカー、アクセサリー関係です。また、この秋11月の予定で先日のLas VegasマジックショーでサンプルデビューしたBear Bobble Headなどのコレクタブルも展開、ストックスではあわせてKids商品の拡充も行います。ジョナサンのインタビューから、ダンシングベアーの成り立ちや今まで紹介されることのなかった側面をお伝えいたします

New Officeにて 
 アメリカはもう夏真っ盛りの6月28日にSan RafaelにあるGrateful Graphics社を訪問して社長のJonathan Marks氏にインタビューを行ないました。Grateful Graphics社があるSan RafaelはストックスアットマークSanta Cruzオフィスからハイウェーを北に向かい約2時間の距離にあります。
San FranciscoをぬけてGolden Gate Bridgeを渡って約15マイルほど行っくともうそこはSan Rafaelです。約束の時間、午後2時にGrateful Graphicsを訪れ、入り口からスグ左側にあるJonathanのオフィスのドアを叩くと、その時Jonathanはちょうど電話中でした。私に気付くと、Jonathanは『数分で終わるのでちょっと待っててね。』っと受話器を押えて言ってきました。私はJonathanに『スタッフ達に挨拶をしてきますので気にしないで下さい』っと言って奥にあるスタッフ達のオフィスに向かい、何時も電話でお世話になっているスタッフ達に挨拶をしました。その時奥のオフィスにはGrateful GraphicsスタッフのRussellとBrianがいたので、『Jonathanのインタビューが終わったら君達にもインタビューをしにくるから!?』っと言ってJonathanのオフィスに戻りました。Jonathanもちょうど電話が終わっていて、私に飲み物を用意してくれてからインタビューが始まりました


― 先ずJonathanのパーソナルな事について色々教えてください。月並の質問ですが、最初に生年月日を教えていただけますか?
『1962年11月4日生まれです。』

─ やはり生まれはSan Francisco周辺ですか?
『いいえ、残念ながら生まれた所は東部の方なんです。Maryland州にあるBaltimoreと言う町で育ちました。そのからDelaware州にある大学に行き卒業してから1年経った1985年の秋にSan Franciscoに引っ越してきました。』

─ San Franciscoに来てからのビジネスの話しは後でゆっくり聞きますのでその前にJonathanの趣味など教えて下さい。
『ロッククライミング、ランニング、マウンテンバイクに乗ったりするのが好きですね。そらからギターやパーカッションも少々やります。』

─ スポーツマンなんですね!
『毎日ジムに寄ってから会社にきますよ。』

─ 一見Jonathanを見るとサーファーのようにも見えますが、ボード系はしないのですか?
『僕は友達がサーフィンに行っている間、女の子と一緒にビーチで話しをしている方かな(笑)。』

─ カタログにもよくギターをもったJonathanの写真が載っていますが、バンド活動もしているのですか?
『いえいえ、独りで弾く程度なのでバンド活動はしていないです。とりあえずギターは8年ぐらいやっていますよ。』

─ 今のオフィスに引っ越してきた感想を聞かせて下さい
『このオフィスはとっても素晴らしいね。自宅からも近いし、自然の光がたくさん射し込む所がいいね。何といってもエレベーターが無い所がいいよ(笑)』
*【SF市内にあったUtah Streetオフィスの時は、古めかしい倉庫の2階にオフィスがあり、古い大きなオリのようなエレベーターに乗って荷物の出し入れをしていました。古いせいかなかなかエレベーターが来なかったりして、私もGrateful Graphicsに荷物を取りに行った時にエレベーターで随分待たされました…(笑)】


【ギターの話題になるとおもむろに弾き出すジョナサン】


【趣味のモーターバイクにまたがる】


─ デュプリーと言う犬を飼っていたそうですがデュプリーにつきて聞かせてください。
『デュプリーはオスの黒いラブラドルレトリーバーで、1982年から1997年までの15年間、私の良きパートナーでした。Deadのコンサートにも2回一緒に行きました。古いカタログにはどれもデュプリーの写真を載せていました。ひとなつっこい犬だったのでみんなに愛されていましたよ。』

─ Liquid Blue社のBean Bear【デュプリー】はGrateful Deadの曲と言うよりもJonathanの愛犬デュプリーがネーミングのきっかけになったらしいのですが、それについてはどう思いますか
『とっても素晴らしいですね。デュプリーはいつも私と一緒にいたので、みんなデュプリーの事を知っていました。』

Grateful Dead
─ Grateful Deadやそれにまつわる事を聞きたいと思いますが、JonathanにとってGrateful Deadとは何ですか?
『家族みたいなものかな(笑)。私にとってDeadは精神に安らぎを与える場所であり魂が集う場所です。そこは、今まで行った場所の中で1番平和な場所であり、そしてまた1番エンターテーメントの場所でもあったかな。』

─ やはりGrateful Deadへの思い入れは深いですね!始めて買ったGrateful Deadのレコードはナンだったか覚えていますか?
『中古のAmerican Beautyを50セントで買いました。今でも1番のお気に入りです。』

─ やはりDeadのショウにはたくさんいったと思いますが、いったいどれくらいのショウを見ましたか?それからJonathanが行ったショウの話し等もよかったら聞かせて下さい。

『合計でDeadのショウは532回行きました。1980年5月に行ったショウが最初のショウでした。演奏も素晴らしかったが、そこに集る人々とコンサートの雰囲気がとっても気に入ったね。1番最初のショウはちょっと飲みすぎたかもしれないけど(笑)。1990年のヨーロッパツアーは全てDeadについて回ったんだ。もちろんビジネスは抜きで楽しむだけで行ったんだよ。Deadがカリフォルニアでやった最後のショウが確か最後に見たDeadのショウだと思う。人々がBadなショウだと言っても、私にとって全てのショウがとっても素晴らしいショウに感じられるね。そこで起きる全てを感じる事が出きれば全てがGoodなショウになるさ。Deadのメンバーと個人的付き合いはないけど、殆どのメンバーと会った事はあるよ。

─ Jerryに対する思いを聞かせてください。
Jerryが亡くなった時、私の中で私の一部がJerryと共に何処かに行ってしまった。そして、それは決してもとに戻ることはないけど、今はそれとは移り変わって私がGrateful Deadの世界から感じた崇高な愛とは少し異なった愛情を妻と2人の娘が私に与えてくれるんだ。

― そうなんですか。Jonathanのオフィスには奥様と子供の写真がたくさん飾ってありますね。奥様とはいつ頃出会ったのですか?
『1995年です。Jerryが亡くなって1ヶ月ぐらいたった頃です。』
【私がJonathanにインタビューをしている最中にも奥様から電話がかかってきました…】
 
─ Jerry亡き後、Phill & Friends / The Other ones / Rat Dogs等の最近の活動についてはどう思いますか?
『良い事だと思うけど、あまり彼等のショウには行っていない。確かThe Other Onesのショウは行ったけど音はよかったと思う。しかしJerryではないね。スゴク上手いギターリストをむかえDeadのメンバーが再結成してコンサートを開くのを見てみたいよ。その時は決してJerryを超えようとはしないで彼等らしい演奏をすべきだと思うけどね。彼等は30年間一緒に活動してきたのだから自然に素晴らしい演奏が出来ると思うからね。



【DESKに向かうジョナサン】


【倉庫のPC前にて】


Dancing Bear
ーそれではそろそろGrateful Graphicsを始めた頃のエピソードを聞かせてください
 
『1985年3月のハンプトンのショウでT−Shirtを1枚$10で売ったのが最初です。最初の一時間で50枚ぐらい売れました。 
最初のデザインは現在も販売しておりますが、【Row of Bears】です。あの頃はアウトラインのみをシルクスクリーンでプリントしてベアーの色は一匹ずつエアーブラシで塗っていました(笑)。その私がデザインしたT-shirtを着ていた人を見かけたショップのオーナーがその人から何処でそのT-shirtを買ったか聞いて私にコンタクトを取るようになりました。それがキッカケで1986年頃から卸業を始めコンサートでのベンダー業はだんだん少なくなって行きました。たしか1990年頃にはもうパーキングで売るのは止めました。

最初の頃はHaightとAshburyコーナー近くにアパートメントを借りて、そこで昼間はショップに電話をしてオーダーを取り、午後にはシッピングをしていました。その頃は友達の手を借りたりしてビジネスを切盛りしていました。1989年にSan Franciscoの25th Streetに家を買ってリビングルームをオフィスに使いベイスメントでシッピングをしていました。卸をする量がダンダン増えるにしたがって人も雇うようになって行きました。

1992年から1997年までSan FranciscoのYork Streetに倉庫とオフィスを借りて営業していましたが、その後、San FranciscoのUtah Streetにオフィスを移しました。Utah Streetには1997年から2000年までいました。去年から現在のSan Rafaelオフィスに移ってきました。日本のマーケットに売るようになったのは1990年頃で1997年には日本のトレードショウに参加するようになりました。

─ アメリカの会社は社会福祉に貢献する所が多いですが、Grateful Graphicsも社会的に貢献している事はありますか?
『会社を建て上げた最初の頃は、Rex Foundation【*注】に何千ドルも寄付していたよ。最近では災害地に2万ドルから5万ドル分のT-shirtsを寄付している。トルコや今年はインドに寄付したよ。1989年のSan Francisco地震の時はもちろんSan FranciscoにT-shirtsを寄付した。 *注 インタビューは去る6月末に行われました

─ San FranciscoはGrateful Graphicsとあなたにとってどんな所ですか?
『私自身Haight Streetに住んでいましたが、San FranciscoはGrateful DeadとGrateful Graphicsの家みたいな所です。』

─ Grateful Deadを取り巻くコミュニティーのなかで、Grateful Graphicsはビジネスとして成功していると思います。Deadには宗教に近いと言われる狂信的なファンや、30年間で培われた独特のフィロソフィーがありますが、Deadの活動の中で派生したアー
トワークやキャラクターをビジネスとして扱うことに対しどう思われますか?

『私はお金持ちになる為にこのビジネスを始めたわけではありません。私はダンシングベアー柄のT-shirtを着たかったが、誰も作ってくれなかったので自分で作ったのです。そして今、私はダンシングベアー柄のT-shirtsを着たい人々の為にT-shirtsを作っているだけです。その私が作ったダンシングベアー柄のT-shirtsがみんなに愛されて、それがたまたまビジネス的に上手く行っているだけだと思います。』

─ ベアーやSYFなど、バックボーンのリソースに興味深いストーリーが隠されているキャラクターがたくさんあります。GG社でこういったものをコレクタブルズ商品としてつくる予定等はありますか?

『ダンシングベアーはみんなをハッピーにします。そこにはたくさんの可能性があると思います。私はいつも新しい商品について色々考えています。』【ノートにたくさん書かれた商品のアイデアを見せてもらいましたが残念ながらここでは書く事は出来ません…】
 
─ クラシックスのT-shirtsのなかに廃盤になってしまったデザインがありますが、復刻する予定などはありますか?
『う〜ん、いつかは復刻するかもね?!』

─ Grateful Deadが来たことのない日本でダンシングベアーやSYFが売れています。日本のマーケットについてはどう思いますか?
『日本人はアメリカっぽい物が好きです。例えばハーレーとかリーバイスのような。そしてダンシングベアーはそう言ったアメリカの象徴な物だと思います。逆にアメリカ人は日本っぽい物が好きなのでポケモンやハローキティーがアメリカでうけているのだと思います。』

― 以前JonathanのビジネスカードがYahoo Japan のAuctionに出ていましたがそこ事についてどう思いますか?
大変うれしくそして光栄に思っています。しかし、オカシイですね。その事は多分ダンシングベアーの日本での人気を表していて、そして私が最初に日本にダンシングベアーを持っていた事への功労に対する感謝だと受け取っています。

─ 今後の予定など聞かせてください?
『ひたすら進むだけですね。私はこのビジネスが大好きです。私自身がこのビジネスであり私のビジネスが私なのです。私の血であり、魂であり、ハートなのです。16年以上このビジネスをやっていますが、今だに自分の仕事が好きです。そして、Grateful Deadは私の情熱であり、私の仕事は私の喜びなのです。』

─ 最後に日本のグレイトフルグラフィックスファン達に一言お願いします
『ダンシングベアーは私にとって、時間と場所と私の精神と心を代表するキャラクターで、それはとても平和であり魂の揺れ動いた音楽の素晴らしい思いで運んできてくれます。
私の願いはみなさんがダンシングベアーを見た時、みんなの顔に微笑が浮かび、そして心に暖かいものを感じて、その感情を一生大切に心の宝物にして欲しいという事です。』


数時間に及ぶインタビューが終わった後にGrateful Graphicsの中を案内してもらい写真を撮りました。時間があれば本当にスタッフ達にも話しを聞きたかったのですが、時間も随分遅くなり、Russell以外はもうすでに退社していました。Russellを捕まえて倉庫にあるデスクに座らせ写真をむりやり取らさせて頂きました。帰り際にJonathanに感謝のお礼を言うとJonathanは『こちらこそありがとう!』っと言って私を見送ってくれました        //////////TEXT CUE @ StocksCALIFORNIA



【*注】Rex Foundation
Rex FoundationはGrateful Dead組織内にあったチャリティー団体です。Rex Foundationの役員にはJerryを含むDeadのメンバーが名を連ねていました。1983年から活動を始めDeadはRex Foundationをサポートする為のチャリティーコンサートを幾度も開きました。エイズ撲滅、森林伐採問題、ホームレス、アメリカインディアンの為のコンサート等などを掲げてDeadはチャリティーコンサートを開きRex Foundationをサポートしていましたが、1995年にJerry Garciaの死によりRex Foundationの主な活動資金となるGrateful Deadのチャリティーコンサートを開く事が出来なくなり、Rex Foundationの活動事体が危ぶまれるようになりました。しかし近年、新しい役人達を迎えRex Foundationは彼等の社会への役割を重要視してよりいっそう力を注いでいます
   


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