For Grateful Dead fans, only half the fun is the music. The other is the memories they have of being part of the “long strange trip” that is the Dead’s traveling road show. Filled with recollections of the Grateful Dead and of the colorful characters surrounding the band─fellow musicians, producers, writers, photographers, kids, artists, and cooks─Deadheads is a collage of memories, dating back as far as 1965, when the Dead emerged, up to the present.

 


   
FOM Magagine
バックナンバー
1. ダンシングベアー
2. 2つのバーサ
3. キャシディとラルフ
4. バックステージパス
5. 特集T.O.O Part1
6. 特集T.O.O Part2
7. Strange Trip in BayAREA 1
8. Strange Trip in BayAREA 2
9. Strange Trip in BayAREA 3
10 特集Devotion The inside Story
11. 14インチ生産中止
12. シリーズA Cubs
13. ペアなベアー達
14. 特集True Story of CASY JONES
15. デュプリーとイーソウ
16. 限定マーディグラ
17. 2001年夏/Las Vegas
18. ジョナサンインタビュー
19. ラッキー&フリーダム
20. テラピンストーリー
21. High Sierra Msc,Fes02
   
上訳『グレイトフルデッドのファンにとって、音楽は楽しみの半分でしかない。残りはデッドが各地に移動しながらするロードショウと言う名の“長い不思議な旅”の一部であったという思いでです。グレイトフルデッドとそこに集まるミュージシャン仲間、プロデューサー達、記者達、写真家達、子供達、芸術家達、そして料理人達のような色取り取りの人達で埋め尽くされている思い出。デッドヘッズとは思いでを色々をはり合わしたような物です。それはデッドが現れた1965年から始まりそして現在もまだ続いている。』

書籍“DEADHEADS”より


■グレイトフルデッドがバンド活動を始めて以来、いつしかそこには色々な人が集まるようになりました。彼等はグレイトフルデッドの音楽やコンサートの楽しみ、その経験から色々な意義を発見したり探求したりしました。そのような事を同じ様に感じる人たちがコミュニティーを築いていきデッドヘッズと呼ばれるようになりました。 デッドヘッズと言う語源は古くグレイトフルデッドの活動よりも数百年前にさか上ります。ラテン語のcaput mortuumに語源を持ち、この言葉の意味は錬金術師が物質を蒸留または昇華した後の残の残留物(あやしい!)を表現する言葉として用いられていました。1850年代中ごろになるとデッドヘッズはタダで旅行してタダ飯を食べる、それからタダで娯楽施設に行く人々を表現する言葉になって行きました。それ以降デッドヘッドイズムとは人々をダダでショウに来させる習慣を表す言葉になりました。(ちなみに航空業界用語では「デッドヘッドクルー」というと、タダ乗りするクルー達(勤務時間外のスッチーやパイロットのこと)を指します)

■グレイトフルデッドのファンがデッドヘッズと呼ばれる以前は、デッドのファンはデッドフリークと呼ばれていました。1971年にリリースされたライブアルバム「SKULL AND ROSES」のインサイドカバーにバンドがファンにメーリングリスト(もちろんNETではなく、郵便による)への参加を呼びかける広告を載せた事により新しい何かが誕生したのであります。 “Dead freak unite. Who are you? Where are you? How are you? Send us your name and address and we’ll keep you informed.” “デッド狂いの結束。貴方は誰なの? 何処にいるの? ごきげんよう? 貴方の名前と住所を送ってくれたら、私達が情報を与えてあげます。” この見出しにより、先ず350通のメーリングリスト参加の手紙がTHE OFFICEに届いたそうです。

 1971年からメーリングリストを管理していたエイリ‐ン・ロウによると、“デッドフリーク”の広告は最後の最後に決まって載せたそうです。ガルシアとICE NINE PUBLICATIONの辞書編集者のアラン・トリストはその後“デッドヘッド”と言う言葉が気に入り、デッドヘッドを使う事に決めました。1972年リリースされた「Europe ’72」で2度目のメーリングリスト参加募集をして以来デッドヘッドが正式な名称になっていきました。しかし、一部のヘッズは今でもデットフリークの名称を好んで使っています。 1971年以来、オフィシャルでのファンとバンドとの連絡係であるエイリ−ン・ロウの努力によりデッドヘッズとデッドはお互いに連絡を取り合う事が出来るようになりました。

■1974年までにTHE OFFICEには40,000ものメーリングリスト参加の手紙を受け取る事になりました。ヘルパーの助けによりロウはリストに載っている全て人達にニュースレターを送る事が出来ました。そのニュースレターは沢山のバンドやファン達の情報を載せる事によりファンにツアースケジュールやレコード販売日知らせる事が可能になったのです。デッドが1年間の活動停止をした時の1975年に、ロウを含むTHE OFFICEのスタッフが解雇されました。その時には沢山の励ましの手紙がデッドヘッズから届いたそうです。リストはしばらくの間、短い活動期間だったグレイトフルデッドレコードに保管されました。バンドが再びコンサート活動に戻った1976年に、ロウは以前の仕事に戻ってくるように誘われました。 チケット販売がメールオーダーのみの、デッドヘッドだけの小さな会場のコンサートツアーも1970代終わりにありました。メーリングリストはこの国だけでも71,000名にも及ぶほどになって行き、そしてこのメーリングリストは決して他の団体に譲渡したり、売られたりする事はなかったのです。しかし、1980年代になるとメーリングはだんだん衰退していきました。ニュースレターの精神はThe Grateful Dead Almanacと呼ばれる商品カタログと情報を与えるニュースレターにより現在も続いております(写真1)。

■デッドヘッズであるが為には、決まったライフスタイルであるか、向上を目指した社会的価値を持っているか、宗教か、またはだだ単に音楽の趣味であるかなどの幾つかの討論がヘッズの中には存在しますが、ロウはタダひとこと“デッドヘッドであると言う事はデッドヘッドのメーリングリストに載っていると言う事です!(シンプル!)”と述べております。そして、デッドに関係する意味を持つデッドヘッドも一般の辞書にも見かけるようになりました。そこにはデッドヘッドの意味として“ロックグループのグレイトフルデッドを追っかける人”と書かれています。

 The Grateful Dead Almanac 写真1


・・いろいろなDeadHead達・・

上:2000年8月のTHE OTHER ONEのショーにて買い求めたWharf Ratsのステッカー

デッドヘッズの中にも色々な種類のヘッズが存在します。その中には社会的活動をしているグループもあります。社会的活動をしているグループで私達もよく知っているグループは、デッドベアーの名前にもなっているワーフラッツ(Wharf Rats)です。ワーフラッツはドン・Bによって設立された、アルコールやドラッグをやらないヘッズの集まりです。1984年に雑誌THE GOLDEN ROADに広告を載せて他のヘッズに呼びかけ、ショウのセットブレークの間にミーティングを始めました。1980年代後半からは、デッドがショウの度に彼等のインフォメーションブースを端に設置してくれるようになりました。ワーフラッツの名前は、ガルシア/ハンターのアルコール中毒でいつも新しい人生を望んでいるオーガストウエストが出てくる曲から付けられました。ワーフラッツのシンボルである黄色い風船は、Calaverasのショウに風船で飾られたヘッドがやって来た時に1987年から採用されました。現在もPHILE AND FRIENDSやTHE OTHER ONEのショウにはワーフラッツのブースが出ています。黄色い風船と黄色いデットベア−・ワーフラッツが目印になっています。

     

他に社会的活動をしているグループとしてクィーアデッドヘッズ(Queer Headheads)がいます。クィーアデッドヘッズはゲイ、レズビアン、バイセクシャルのヘッズ達による1993年にサンフランシスコで設立されたゲイサポートグループです。1993年のゲイ・フリーダム・パレードで、グループはマーケットストリートを踊りながら行進しました。そしてそれ以降グループは成長し続け他の州にも広がっていきました。STEAL YOUR FACEのスカルの中に三角形が逆に入っているものが彼等のシンボルです。(左 :Queer Headheadsのステッカー) 

デフヘッズ(DEAFHEADS) 紙コップや風船そして他にも色々な共鳴する物によってサウンドシステムからの調和したバイブレーションを感じて音楽を楽しむ耳が聞こえないデットヘッズの事をデフヘッズと呼びます。イギリスのデフヘッドのパディー・ラッド、ロブとキャロル・ブルース夫妻、THE OFFICEからアネット・フラワーズ、そしたサウンドマンのダン・ハーリー(彼の父親は耳が聞こえませんでした。)の努力により1980年代後半になるとステージ近くに手話での説明者を配置した公式のデフゾーンが設置されるようになりました。手話での説明者のロ−リ・アブラムスは、「歌詞を出来るだけ手話で伝えるよう一生懸命努力をしていたがバンドが歌詞のあまり意味をなさないような曲と曲に入った時には、すんなり台から下りた!」っとポスト紙に発言しております。 「ここはデフゾーン」記者ローラ・ブルーマンフィールドによると、人々はハグをしながら笑い、うわつきかげんに歌ったり、早口にしゃべったり、ある男性は風船を抱きながらベースの音律を感じていたり、ある女の子はステージライトの紫色のフラッシュを集中して見ながら立ちすくんでいたり、耳が聞こえる男の人もそこで楽しいそうにパーティーをしている人々を気に入ったので、コッソリとゾーンに侵入して一緒に楽しんだり、違う耳の聞こえる男性達は鉄のバリケードに寄りかかりながらボディランゲージを使って若い耳の聞こえない女性に、水をくれとお願いしたり、手にキスしたり、手話を教えてくれなど聞いたりして、一生懸命口説いたりしています。と書かれています。 それは観念の成功でした。バンドは聞こえるだけの世界だけでなくそれよりも先の世界にも届く事が出来たのです。“音楽はバイブレーションである。”“人とバイブを共有する事は素晴らしい事です、特に普通ではなかなか共有できる機会がない人々とは。” ともブルーマンフィールドが述べております。

デックヘッズ(DECHEADS) 近年、世界で増えてきたコンピュ−ター社会では、従業員同士お互いの趣味や興味のある事について親しくする事を促進する姿勢をとりながら、人間性を持つ会社生活を支持するビジネスを目指しています。そう言ったデジタル機器会社等で働いているデットヘッズをデックヘッズと呼びます。デックへッズ多くは、彼等のVAXコンピューターシステムで、自宅のグレートフルデット・ノート・ファイルを使いお互い連絡をとりあったりしています。DECって昔あったPC会社からとったのでしょうか....?

ネットヘッズ(NETHEADS) ネット上にいるデッドヘッズをネットヘッズと呼んでいたが、一般の人へのインターネット人口が増えるにしたがって現在はデッドに関係なくネット人生を歩んでいる人を表現するのにも使われます。ネット上で、ヘッズはツアーの日付を調べたり、ウワサや真実、ショウが終わった後のショウレポート、セットリスト、歌詞などを手に入れる事が出来ました。現在でも沢山のヘッズがネット上で情報交換をしています。日本ではZepさんのサイト「今から始めるGratefulDead」を中心に広がっています。 このほかにSFベイエリアを中心にしたWhole earth catalogからなどのフィロソフィーに共鳴し、そのライフスタイルをデッドの活動とシンクロさせネット上でアピールしているHeadsなどもいます

ピッキーデットヘッズ(PICKY DEADHEADS) 素晴らしいパフォーマンスとそーでもないパフォーマンスの違いを知っているか、知っているつもりのヘッズをピッキー・デットヘッズを呼びます。彼等はバンドの演奏に対して評論的に発言します。フィルモア・イーストのステージクルーだったアラン・マンデやほかのデッドヘッズが1970年2月13日のデッドのショウを思い出した時Dark StarからCryptical EnvelopmentそしてLovelightへと演奏した時は実に素晴らしいセットだったと感動するが、ピッキーヘッズは“デッドはただアルバムと同じに演奏しただけじぁん!”ぶつぶつ言ってしまう。

タッチヘッズ(TOUCHHEADS) 1987年のヒットソング“タッチオブグレイ”により増えてきた新しいヘッズ達の名称。歌のタイトルから、タッチオブグレイヘッズを短く省略してタッチヘッズと呼びます。その曲タッチオブグレイはその年のビルボードチャートの第九位にまで上がりました。タッチオブグレイの成功は、MTVなどの影響で若いヘッズの到来によるものではないかと、しばし例えられたりもします。

ツアーヘッズ(TOURHEADS) ツアーバスが向かう土地土地のホテルや、友達の家、地方の学生寮を転々としながらバンドの殆どのツアーの後を追う事に、特に全てをかけているデッドヘッズをツアーヘッズと呼びます。1988年発行のRELIXマガジンの調査によると、91パーセントのデッドヘッズは定期的に自分達の町以外のショウにも足を運び、またDEADBASEの調査によるとヘッズは平均して7回はショウに参加しているそうです。グレイトフルデッドチケットセールスのスティーブ・マーカスによると、およそ2千のヘッズが全てのショウのチケットを購入していて、それ以外の5千が全ての会場に足を運びます。しかし必ずしも彼等が会場に入ろうと試みているかは別だそうです。

ツアーラット(TOUR RATS) ハードコアーなツアーヘッドで、パーキングロットに住みつき、旅費を行商(粗悪なブート品が多いがクールなのもある)で稼ぎ、ミラクルが起きるのを待ったり狙ったりしています。彼等は、自分達は真のファンであると高い誇りを持っていて、自分達以外のほかのヘッズを少し皮肉って表現したりします。


この他にもまだまだ色々なデットヘッズが存在している事でしょう。DeadHeadsをカテゴリーのように分けるのは意味がないのかもしれません......。

デッドヘッズとはその時のシーンにいた彼等の思い出であり、人生でもあります。ジェリーの死によりグレイトフルデットの活動は止まってしまったが、デッドヘッズと呼ばれる人達は今でも長い不思議な旅の中にいるのです。ジェリーがいた頃とは決してすべては同じでないが彼等の旅はまだ終わっていないのです。そしてこれからもデッドの音楽や精神、そして、デッドヘッズの人生を通して新しいデッドヘッズが生まれて行くのです。沢山の日本人はデッドベアーからグレイトフルデットを知った方が多いと思いまが、あの可愛いデッドベアーの中にもデッドヘッズの思い出が詰まっています。ツアーメモリーがそうです。それぞれのツアーメモリーは事実をもとにデッドヘッズから集めたものとも言われています。今デッドベアーを持っている貴方もデッドヘッズの思い出が詰まったデッドベアーと一緒に長い不思議な旅に参加しているのかもしれません。

参考資料 “DEADHEADS” “SKELLTON KEY” 



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